ブダベストの夕日
さてタイトルですが、中欧旅行の際に見たブダベストの王宮の丘からの景色が忘れられずにつけました。 趣味の写真とコメントをアップしていく予定です.
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 定年退職後写真を趣味として初め、その写真をブログにアップすることを仕事としてきました。
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新西国霊場巡礼第25番 三身山 太山寺
新西国霊場巡礼第25番 三身山 太山寺
兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224
神戸市営地下鉄名谷駅からバス20分
本尊 薬師如来像、十一面観世音菩薩 開基 定恵和尚

御詠歌
祈りなば 三つ世やすし 三身山 浮世のほかの 月の照らして

文化財の宝庫


 ここ太山寺は藤原鎌足(飛鳥時代の人)の祈願によって、子の定恵和尚が開基となって、鎌足の孫宇合(藤原不比等の子)の建立という古刹です。飛鳥時代の人がなぜこんな神戸の山奥に寺を建てたか不思議です。
藤原宇合は定恵が果たせなかった七堂伽藍を建立したが、創建当時の建物は1285年に火災で焼失している、今の建屋は鎌倉時代から室町時代に再建されたものだそうです。全盛期は南北朝時代で外院41ケ坊、末寺八ケ寺で僧兵も抱えていたようです。
しかし今では仁王門から中門までの参道沿いに5ケ所の院があるのみです、しかし境内にはたくさんの伽藍が存在し、寺の周囲は
“太山寺風致地区”として自然美観が保護され、境内の内外には原生林が残る深森です。それは“ひょうごの森百選”にも選ばれ、春は桜、秋は紅葉の名所となっている。
特に伽藍では本堂は鎌倉時代創建の和唐折衷様式の堂堂とした建物です、その他には仁王門が室町時代のもので、もともとは重層の楼門であったようです。

古色蒼然とした仁王門
鎌倉時代のものだそうです、しかし正面からはそうは見えない
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仁王門の正面にある石標
何か由緒ある石標かと思いきや、書いてあることは新西国25番
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朱塗りの中門
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中門から見た本堂 
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国宝の本堂
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阿弥陀堂(1688年創建)
丈六の阿弥陀如来像が安置
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護摩堂
江戸時代中期の建立
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三重塔(1688年建立)
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閼伽井橋
奥の院への橋
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葉の見事さを思わす風景
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参道にある院の風景
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新西国霊場巡礼第24番 上野山 須磨寺
新西国霊場巡礼第24番 上野山 須磨寺
兵庫県神戸市須磨区須磨寺町四丁目6-8
JR山陽本線須磨駅から徒歩12分
本尊 聖観世音菩薩 開基 聞鏡上人

御詠歌
世にひびく 青葉の笛の 名にぞきく すまのみ寺の 松風
の声

源平の昔を偲ぶ

 ここ須磨寺は源平ゆかりの古刹です。須磨のこのあたり一帯は、須磨の上野と呼ばれ、山号も上野山で寺名は正式には福祥寺で須磨寺は通称だそうです。
寺は886年に開基である聞鏡上人が漁師が和田岬沖の海底から引き揚げた聖観音菩薩像を祀っていた北峰寺から当地に移して祀ったのが始まりとされている。創建当時は七堂伽藍もそろっていた、また途中では源頼政や豊臣秀吉の支援もあったが明治の初めには本堂、大師堂、仁王門を残すのみとなるほど荒廃した。
寺は明治の中頃以降に再建され、唐門、護摩堂、奥の院、書院、納骨堂、庫裏等が再建されている。しかしここ須磨寺の見所は源平の庭に象徴されるように、源平の遺品があることです。とくに熊谷直実と戦った無官の大夫平敦盛の遺品です。寺の一隅に童謡“青葉の笛”の音楽譜(楽譜入り)があります。
お奨めは裏山に七福神巡りの祠があり、奥の院を訪れるついでに回ることです、そこからの須磨浦の眺めも抜群です。

龍華橋越しの仁王門
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快慶、運慶作といわれる仁王像がある仁王門
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五鈷水と弘法岩のある手水舎14-10-11-3.jpg


源平の庭
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本堂
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大師堂
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敦盛の首塚
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きんぽんとん童子人形塚
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義経の腰掛松
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新西国霊場巡礼第23番 宝積山 能福寺
新西国霊場巡礼第23番 宝積山 能福寺
兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町1-39
JR神戸線兵庫駅から徒歩10分
本尊 十一面観世音菩薩 開基 伝教大師最澄

御詠歌
ただ法の 宝を積みて はるばると 運ぶ歩みの 楽しかりけり

戦争で消えた兵庫大仏


 ここ能福寺は伝教大師最澄が桓武天皇の勅命で唐に渡り、帰途この地(和田岬)にて大歓迎を受け、庶民が建てた堂宇に自作の薬師如来像を安置し、国の安定と庶民の幸福を祈願し、能福護国密寺と称した天台宗の寺だったそうです。
その後平清盛が福原に遷都した時、平家一門で帰依により七堂伽藍が整い隆盛を極めたとされる。また平清盛はここで剃髪入道し、死去後遺言でここに埋葬された。
しかし平家滅亡後寺は兵火で全焼した、その後再建されたが、大2次世界大戦でで再度全焼している、"栄枯盛衰は世の習い"を地で行く寺です。
さて能福寺は兵庫大仏と呼ばれる日本三大大仏(奈良、鎌倉、兵庫)が存在しますが、これは明治24年地元の豪商の寄進で建てられたが大戦で供出の憂き目に遭い、平成3年に再建されている。また能福寺は江戸時代から旧院家の格式を誇る寺で、今の本殿は京都東山の月輪御殿にあった拝殿(月輪影殿)を九条家より拝領されたもので昭和29年に移築されている。

正面入り口
奥に見えるのが兵庫大仏
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兵庫大仏の勇姿
台座はビルシャナ殿
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開かずの山門
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本殿の月輪影殿
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ジョセフ・ヒコの英文碑
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平相国廟
平清盛の墓
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十三重の塔
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滝善三郎正慰霊碑
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平家、源氏将兵戦没碑
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本坊
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新西国霊場巡礼第22番 摩耶山 天上寺
新西国霊場巡礼第22番 摩耶山 天上寺
兵庫県神戸市灘区摩耶山町2-12
摩耶山ケーブル・ロープウエー山上駅(星の駅)から徒歩10分
本尊 十一面観世音菩薩、仏母摩耶夫人像 開基 法道仙人

御詠歌
ちぬの海 わたるもも船 あけくれて あふくや摩耶の 法の燈火

 
三十三年ごとの開帳


 ここ天上寺は孝徳天皇の勅願により、インドから渡来した伝説の僧、法道仙人によって開創されたといわれている、その時持参した,お釈迦様が42歳の時刻んだとされる十一面観世音菩薩が本尊とされている。この本尊は33年に一回しか開帳されない。
また後に弘法大師が唐から持ち帰った女人守護の仏として崇拝されていた摩耶夫人像も本尊になっている。また天上寺は摩耶夫人がお釈迦様の生母であることから仏母摩耶山とう利天上寺とよばれている(ちなみにとう利とは摩耶夫人の転生)。
さて天上寺は摩耶山の9合目あたりにあったのですが、昭和5年に賽銭泥棒の付火によって七堂伽藍が全焼し、その後昔あった現在地に本堂が再建された、現在も伽藍の再建は少しずつ進められ、参拝の度に境内は変化している。
とくに天上寺は女人守護の摩耶夫人像は祀らていることから女人高野と呼ばれ女性には絶大の人気があります、このことからも新西国に推薦されたと思います。女性のほかにも俳人にも人気があるようで境内には句碑が多くあります、またここ天上寺は関西花の寺にも入っているため四季折々の花が咲いています。なお花のある風景はいま関西花の
寺巡りもしていますのでその時に


昔の天上寺境内の入口
石柱に仏母天上寺と切利天上寺
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今の同じ風景
違いが分かりますか、奥に山門が再建されいる
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孝徳天皇勅願寺の碑が
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再建された山門
門標に孝徳天皇勅願寺と山御堂刀利天上寺の文字が
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新装なった中門
ここの門標は花山天皇勅願所と正親町天皇勅願所の文字が複雑です
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再建された本堂
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摩耶夫人堂
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法道仙人の像
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一願地蔵堂
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境内の至る所に小仏が
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新西国霊場巡礼第21番 甲山 神呪寺
新西国霊場巡礼第21番 甲山 神呪寺
兵庫県西宮市甲山町25-1
阪急西宮駅からバスで甲山大師下車すぐ
本尊 如意輪観世音菩薩  開基如意尼公

御詠歌
来てみれば すがたも花の かぶと山 寺もわが身も 薄雲の中

天然記念物の山の中腹

 本来なら本日は札所20番立木山寺ですが、ここは境内まで700段以上の石段があるので今の段階ではパスした。そこで本日は第21番神呪寺をアップします。
さて神呪寺ですが名前のような神を呪う寺でなく、甲の形をした優雅な山で、兵庫県西宮市にある天然記念物の甲山の中腹にある立派なお寺さんです。ここ甲山は甲山ハイキングコースの中にありますので、本来なら阪急電鉄甲陽線の終点甲陽駅から歩くことをおすすめします、途中は結構な急坂ですが所要時間は30分位で手前には甲山森林植物園があり、桜の季節は桜が見事です。ただし私はお寺の巡礼はなるべく順番にしていますので、ベストの時期の参拝できることが少ない。
寺は仁王門と本堂への入口の間が県道で分断されているため、バスで行くと仁王門は忘れられた存在になりますが、古色蒼然とした美しさのある門です。境内への入口から本堂を見ると石段の上に本堂、その本堂をバックに甲山の勇姿があります。 この甲山は昔神宮天皇の皇后である神功皇后が平和を祈願して金の兜を埋めたとの伝説があるそうです。
寺は開基の如意尼公(淳和天皇の妃)が弘法大師に帰依して仏門に入り本堂を建てて神呪寺を創建したとされている。そのためここ神呪寺は甲山大師と呼ばれ庶民に人気の寺となった。 境内は甲山の中腹に広がる平地にあり本堂を初めとするたくさんお伽藍が並んでいます、境内の展望台からの眺めは見事で、眼下に西宮市、遠くは大阪湾が広がります。

甲山の勇姿
甲山森林公園から
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忘れられる仁王門
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県道から見た本堂への階段
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本尊は木像如意輪観世音菩薩
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太子堂
本尊は木像弘法大師坐像
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不動堂
本尊は木造不動明王坐像
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納骨堂
本尊 木像聖観音立像
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鐘楼
階段から見る鐘楼は見事
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多宝塔
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展望台から見た眺め
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境内から見た階段
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