ブダベストの夕日
さてタイトルですが、中欧旅行の際に見たブダベストの王宮の丘からの景色が忘れられずにつけました。 趣味の写真とコメントをアップしていく予定です.
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 定年退職後写真を趣味として初め、その写真をブログにアップすることを仕事としてきました。
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新西国霊場巡礼番外 北栄山 羅漢寺
新西国霊場巡礼番外 北栄山 羅漢寺
兵庫県加西市北条町方丈1293
北条鉄道北条町駅から徒歩15分
新西国霊場酒見寺より北へ5分
 本日は本来なら新西国霊場巡礼の最終回として第33番船越山瑠璃寺をアップせねばならないですが、交通が不便なため未参拝です。依って新西国霊場巡礼は先週で終了とします、そのため瑠璃寺と途中で参拝を断念した第20番立木山立木寺はアップできませんでした、また機会があればと思っています。
来年からは新たに関西花の寺25寺をアップしたいと思っています、ご期待ください。
そこで本日は第29番酒見寺をアップした際、お約束した酒見寺の近くにある、北栄山羅漢寺をアップします。羅漢寺といえば本ブログで登場した“五木寛之の百寺巡礼”の最終回の大分県中津市にある羅漢寺も有名で、その他山梨県甲斐市の羅漢寺とともに全国的に有名です。
ここ羅漢寺には五百羅漢があることで有名で、古くからの言い伝えに“親の顔見たけりゃ北条の西の五百羅漢の堂の前に坐れ”との歌があるそうです。誰がいつ、なんのために作ったか不明だそうで、必ず親や子の顔に似た顔があるといわれている。大分県中津市羅漢寺の五百羅漢は囲いの中にあるが、ここは目の前で見られます。
小さな山門
寺自体も小さいですが、これが山門といえるがどうか。ただし格式は感じます。
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同じく格式を感じる本堂
山門から木立の間を進むと本堂が
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庚申堂
寺に庚申堂とは
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聖天堂
何をするところか不明
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来迎25菩薩像
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五百羅漢像
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宝筐印塔
慶長時代の看板が
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古井戸
これも慶長時代
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見事な像
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おなじく
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新西国霊場巡礼第32番 いかるが 斑鳩寺
新西国霊場巡礼第32番 いかるが 斑鳩寺
兵庫県揖保郡太子町鵤709
JR山陽本線網干駅下車バス5分
本尊 如意輪観世音菩薩 開基 聖徳太子

御詠歌
かみつ代の 聖の徳は いかるがの 蓮の花と かをるなりけり

聖徳殿に“植髪の太子”

 ここ斑鳩寺は当ブログには2回目の登場です、寺伝によれば推古天皇が聖徳太子の勝鬘経の講和に感動し、播磨国揖保郡に土地360町を与えた。聖徳太子はそこに斑鳩荘となずけた伽藍を建設したのが始まりとされている。その後赤松、山名の争乱で焼失するが、赤松氏の発願で昌仙法印の手で再建され現在に至っている。
山門を入ると正面が講堂、左手が聖徳殿、右手が三重塔です。それぞれに国宝級の仏像がまず講堂には秘法とされる三像(中央が釈迦如来、右手が薬師如来、左手が如意輪観音)、さらに三重塔には輪柱に太子伝来の仏舎利が、また聖徳には“植髪の太子”と呼ばれる像が祀られている。
ここでの見どころは聖徳殿の奥殿が法隆寺の夢殿を模したといわれる八角円形の建屋があることです、どの方向から見ても素晴らしいです。
仁王門
壮麗を極めた大寺の風格が
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三重塔
1565年赤松政秀によって建立、1952年建て替
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聖徳殿
本尊は聖徳太子自身
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聖徳殿の奥殿
法隆寺の夢殿を模して
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講堂
秘法三像を祀る
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赤松政秀、赤松広英の供養塔
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西国三十三所のミニ霊場
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鐘楼
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裏門
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新西国霊場巡礼第31番 台雲山 花岳寺
新西国霊場巡礼第31番 台雲山 花岳寺
兵庫県赤穂市加里屋1992
JR赤穂線播州赤穂駅下車徒歩10分
本尊 釈迦如来、千手観世音菩薩 開基 浅野長直公

御詠歌
よろづよの ひとのかがみと 匂ふなる 花岳寺の 庭のいしぶみ

赤穂義士の寺

 ここ花岳寺は兵庫県赤穂市にある寺です。そう兵庫県赤穂といえば赤穂義士の郷里です。花岳寺は松の廊下の刃傷沙汰で有名な浅野内匠頭(内匠頭とは官名で、名前は長矩)の祖父が建てた浅野家の菩提寺です、祖父長直が常陸の国笠間から赤穂に所替えの時に建てたといわれています。
花岳寺は赤穂城跡とJR播州赤穂駅(赤穂が岐阜にもある為、区別する為播州がつく)との中間にあり、町の中心にある寺です。御城跡からも山門に直線の参道がありますが、駅からは息継ぎの井戸(事件を知らせる早駕籠が息をついたという井戸)を右の曲がりと花岳寺通商店街があり、その先に山門があります。この山門は赤穂城の塩屋門を移したとされ、元禄時代のものだそうです。
山門を入ると本堂正面に大石良雄の名残の松があり、本堂の正面の垂れ幕には浅野・大石家の紋が入っています。境内には赤穂義士にまつわるものが多くあります、先の家紋もそうですが、墓所には浅野家の墓所と大石家の墓所もあります。さらに浅野家断絶後の赤穂城主の森家の墓所もあります。何か後で付け加えたような感じがしないでもありません。
さて一番面白いのが“鳴かずの鐘”と呼ばれる鐘があります、事件を知らせる早駕籠がついたことを知らせるためにつきすぎてならなくなったとされる鐘だそうです。今は二代目で鳴るそうです。
赤穂城の塩屋門を移設した山門
山門前の道を直進すると赤穂城跡、いわゆる参道
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大石名残の松
大石良雄が母の冥福を祈り植えた松、これは2代目、初代は千手堂に根だけが
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浅野家、大石家の家紋の下がる本堂
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浅野家初代長直公の墓
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浅野家の廟所
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大石家の墓所
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浅野家断絶後の城主の墓所
森家で森家は森蘭丸の血筋
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かずの鐘のある鐘楼
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刃傷沙汰を知らせる早駕籠がひと息ついた井戸
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新西国霊場巡礼第30番 七種山 金剛城寺
新西国霊場巡礼第30番 七種山 金剛城寺
兵庫県神埼郡福崎町田口
JR姫路駅より播但線でJR福崎駅下車徒歩50分

本尊 十一面観世音菩薩 開基 恵灌法師

御詠歌
金剛の をしへの城の みめぐみ つゆ滋岡や 七ぐさのさと

荘厳、華麗な山門
 ここ金剛城寺は大阪からでは、まだ未参詣の瑠璃寺に匹敵する不便なところです。しかし金剛城寺は交通機関が便利で、大阪から播但線経由の倉吉行の特急でJR播但線福崎駅まで行き、タクシー5分の所にあります。
推古天皇のとき聖徳太子が当地に来て霊厳の地であるところから、高麗の人恵灌法師に建てさせたのが始まりだそうですが、実質は弘法大師が来山で現在に至っている。聖徳太子の話は必ず逸話がついて回るが兵庫県の南に来たのが事実のようです。
寺は何回か寺名や場所を変えながら、また火災や明治の社寺領上地令によって荒廃するも、先先住職、先住職の努力で現在の姿になった地元の人は言っている。それにしてもたびたび使いますがこんな田舎に、こんな立派な伽藍があるとは驚きです。
山門は表から見ると豪華ですが、中から見ると華麗な作りの大きな山門です。山門から見ると正面に九間四間の広大な本堂があります、本堂の左側は古めかしい阿弥陀堂が、さらに右上にはこれも古そうな護摩堂があります。
本堂の横には四国八十八ケ所の本尊の石仏が整然と並んでいます。周囲は山と田圃に囲まれた静かな山里です、なぜこんな立派な寺が、またなぜ新西国に

県道脇にある石標
石標には“七種山 金剛城寺”の文字が、奥に見えるのが山門
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外から見た荘厳な山門
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中から見た華麗な山門
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9間四面の本堂
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左隣のある阿弥陀堂
本堂のように見える格式のありそうな建屋
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石垣の上にある護摩堂
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古色蒼然とした石垣
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石垣の上から見た本堂
銅板葺の見事な姿
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弘法大師と四国八十八ケ所の石仏の本尊
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上から見た山里
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新西国霊場巡礼第29番 泉生山 酒見寺
新西国霊場巡礼第29番 泉生山 酒見寺
兵庫県加西市北条町北条1319
北条鉄道終点北条駅から徒歩10分

本尊 十一面観世音菩薩 開基 行基菩薩

御詠歌
世の旅を 酒見の寺に かヘリみて 頼むは 遠き 行くてなりけり

酒見明神のご神託で開創
 ここ酒見寺はJR加古川線粟生駅から一度は乗ってみたいローカル線北条鉄道で終点北条駅へ、そこからとh10分ところにある田舎の寺ですが古刹です。開基は行基菩薩で酒見神社(現在は住吉神社と名前が変更されている)を訪ねた時“ここに寺を建てよ”お告げで、聖武天皇の許しを得て、天皇勅願寺として創建されたのが酒見寺です。聖武天皇勅願寺であることから創建以来歴代朝廷より帰依をうけ、毎年勅使の参詣が行われたそうです。
さて伽藍は天正年間の兵火で焼失しているが、江戸時代のはじめに再建され、現在の姿になっている、伽藍もたくさん有り、どれも立派で言葉でより写真で見てもらう方がよくわかると思います。駅から歩いていくと昔の参道と思われる道筋の見事な旅籠屋、古い家並みが続きます。その先に田舎の寺とは思えない大きく立派な仁王門が見えてきます、その仁王門をくぐると二重屋根の格式ある本堂があります、その本堂までにはこれまた立派な燈籠が21対並んでいます。この灯籠は弘法大師御入定1500年を記念して造られたそうで古くはないです。さらに境内続きで住吉神社の境内があります。住吉神社の参詣も忘れなく、それよりは住吉神社の裏にある小学校を挟んである羅漢寺を見ることは忘れないように、羅漢寺については西国霊場巡礼の最後の付録としてアップしたい。

1825年再建の仁王門
見事な作りです、他の伽藍も修復で色鮮やかになっている、いづれこのこの仁王門も
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金堂まで続く21対の灯籠
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二重屋根の格式ある本堂
奥の灯籠には三つ葉葵の紋が
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引聲堂
慈覚大師ゆかりのお堂、弘法大師ゆかりの寺に慈覚大師とは宗教は仲良く
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朱塗りの多宝塔
1662年再建
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見事な作りの鐘楼
1664年再建、多宝塔と相前後して、色は最近修復
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地蔵堂
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本堂裏にある御影堂
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本坊の中にある護摩堂
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境内から眺める住吉大社
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参道にある昔の旅籠
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参道の仁王門近くの風景
奥に仁王門が
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