ブダベストの夕日
さてタイトルですが、中欧旅行の際に見たブダベストの王宮の丘からの景色が忘れられずにつけました。 趣味の写真とコメントをアップしていく予定です.
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 定年退職後写真を趣味として初め、その写真をブログにアップすることを仕事としてきました。
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関西花の寺25ケ寺霊場巡礼 第5番 栂尾山 高照寺
関西花の寺25ケ寺 霊場巡礼 第5番 栂尾山 高照寺
兵庫県養父市八鹿町高柳1156
アクセス JR山陰本線八鹿駅からタクシー10分


木蓮の寺

 ここ高照寺は養老4年(720年)行基菩薩の開基とされている、その後空海と最澄の両師を知る㤗範上人が住職になり、寺名を空海の許しを得て栂尾山 神護寺に変更している。どこかで聞いた名前ですが、空海が住んでいた高尾山 神護寺と同じく近くにある栂尾山 高山寺から取ったのでは。さてこの栂尾山 神護寺も場所を変えるたびに栂尾山 蓮花寺から栂尾山 高照寺と名前を変えています。
ところで高照寺の境内には庫裏と棟続きの本堂があるのみの小さな寺ですが、下を通る国道から見ると花木蓮に包まれた寺の感じがします、寺の話では境内には300本近い木蓮があり、種類もたくさんあるため1ケ月近く花が咲いているようです。ちなみに花の色ですが白木蓮、桃木色蓮、赤色木蓮、綿木蓮、紫木蓮、黄木蓮があるとパンフレットに書いてあった。ところで木蓮の時期には刈り取られているが秋には萩の花が咲くそうで、その数700株近くあるそうです。

山門の代わりに石標
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本堂への参道
左側には秋萩が
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木蓮の咲く参道
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本堂への登り道
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ドウダンツツジと本堂
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石南花と鐘楼
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高野山出身の住職らしい配慮
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キクバナモモの花
住職自慢の花
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色とりどりの木蓮

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珍しい石仏
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関西花の寺25ケ寺霊場巡礼 第7番 宝珠山 如意寺
関西花の寺25ケ寺霊場巡礼 第7番 宝珠山 如意寺
京都市京丹後市久美浜町1845
アクセス 北近畿タンゴ鉄道宮津線久美浜駅から徒歩15分

ミツバツツジの寺

 ここ如意寺は門前に風光明媚な久美浜湾が広がる景勝地にあり、奈良時代に行基菩薩が開基した寺です。その後鎌倉時代に伏見天皇が深く帰依し“如意寺”墨書の転額を下賜され参拝者が絶えなくなったとされている。
広い境内には山門、本堂、多宝塔、庫裏等立派な建屋が存在します。その境内には年間500種の花が咲くといわれています。今回の参拝時には残り桜が咲いていて境内を引き立ててくれました、しかしメインはミツバツツジです、裏山にミツバツツジの自然林があり“ミツバツツジ散歩道”成るものがあります。ここから見る久美浜湾の眺めは素晴らしく感激ものだそうですがあいにくの曇り空でした。さらに本堂裏には“木漏れ日の小路”があり、1年中山野草が咲いているそうですが当日は工事中で見られず。
さて如意寺の見所は沢山ありますが8月9日に行われる“千日会”で1日のみお参りすれば千日の御利益がるといわれているそうです、前厄の人はどうですか。当日は久美浜湾にある兜山で大文字焼、湾内では灯籠流しや花火大会があるようです。さらに如意寺で見逃してはならないのが住職による講和で、著書もあり、旧職が先生ということもあって上手な話をされます。

古色蒼然とした見事な山門
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散り桜の中の本堂
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正面から見た見事な多宝塔
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裏から見た多宝塔
シャクナゲとともに
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裏山から見た本堂と多宝塔
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桜の中の本堂
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ミツバツツジと久美浜湾
雨の中で湾に霧が
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鐘楼と桜
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境内の風景その1
左手は庫裏
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境内の風景その2
裏庭
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関西花の寺25ケ寺霊場巡礼 第2番 塩岳山 楞厳寺
関西花の寺25ケ寺霊場巡礼 第2番 塩岳山 楞厳寺
京都府綾部市舘町楞厳寺6
アクセス JR山陰本線綾部駅からタクシー15分

ミツバツツジの寺

 本来なら本日から名城探訪の個別の城をアップする予定でしたが、中断した関西花の寺25ケ寺霊場巡礼が順調に進み、再度関西花の寺25ケ寺霊場巡礼をアップします。その最初がここ楞厳寺で京都府綾部市にある高野山真言宗の寺です。楞厳寺を含めて如意寺、高照寺は大坂から遠く、ツアーでの参加としました、ツアーでの参加は当日の天候が心配になりますが、今回は花の撮影で少々の雨は絵になりますのでツアーで行くことにしました。ところが当日はあいにくの雨で楞厳寺は特にひどかった。
さて寺ですが、創建は古いそうですが、度重なる兵火で伽藍が焼失し、寺の歴史は失われたが元禄時代に本堂が再建され、50年後に庫裏が再建されたようです。本堂は柱など重要部分が松材で、老朽化で2003年に建て替えが完成されています。
楞厳寺の見所は本堂の天井絵と庫裏の長井一夭によるカラスの襖絵で、特にカラスの襖絵からカラス寺と呼ばれているようです。
ところで花の寺としての楞厳寺は門前の池の対岸にあるミツバツツジの群生と池に咲くハスが有名ですが、ハスは今は枯れてしまったそうです、ミツバツツジですが時期が少し早すぎて貧弱でした。なお境内には綾部市の古木、銘木100撰に選ばれたツバキ(樹齢400年)菩提樹(樹齢400年)百日紅(樹齢500年)があるそうですがツバキ以外は見ることはできなかった。またこれも期待していった門前の池の周囲に四国八十八所の祠があるのですが雨で回るのを中止した。

山門とツバキの古木
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庫裏
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庫裏と棟続きの観音堂
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新装なった本堂
本来なら天井絵が見られるはずが、雨で戸は閉まっていた
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桜と本堂

桜は葉桜、奥の泰山木は花が散っていた
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鐘楼
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本堂への階段
階段脇にはツツジが、でも咲いていなかった
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四国八十八箇所の札所一番の霊山寺のお堂
門前の池の周囲には八十八箇所のお堂が
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四国八十八所の札所八十八番大窪寺のお堂
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花の寺としてのミツバツツジ
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日本名城探訪5 イントロ 石垣、堀、塀
日本名城探訪5 イントロ 石垣・堀・塀

 本日は城の魅力でマニアックなのが石垣、堀、塀です、イントロの最後として3つの写真をアップしてみたいと思います。全国にたくさん城があったが建物が残っている城は少ないが、石垣や堀が残っている城は多い。
最初の総集編でも書きましたが縄張を決めるうえで大事なのが掘りと石垣とも言われている。これは城は敵の侵入を防ぐことが第1としているからで、そのためには石垣や堀は重要な要素です。特に築城の名手とされる加藤清正と藤堂高虎が競った石垣の高さ争いは面白い。藤堂高虎が築城した伊賀上野城は石垣の高さが30mあったとされ、石垣の高さでは1,2を争います。しかし実際は加藤清正が築城した熊本城の宇土櫓の高さはそれ以上といわれている。本当に一番高いのは大坂城の6番櫓の石垣といわれている。
ところで石垣で有名なのが日本のマッピチュとも言われている竹田城の石垣です。この竹田城がどんな城であったかは正体不明のようです。一方日本三大山城のひとつ高取城の石垣は城の様子がビデオで再現され見事さがわかります。


大坂城の石垣
石垣の高さ日本一といわれる
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伊賀上野城の石垣
30mの高さで大坂城の次と
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丸亀城の石垣
3段合わせると一番高い60m
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姫路城の土塀
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備中松山城の土塀
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熊本城の石垣と塀
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彦根城の堀切
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竹田城の石垣
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萩城の堀と石垣
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高取城の石垣と建屋の再現図
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日本名城探訪4 イントロ 門
日本名城探訪4 イントロ 門

 城には必ず門があります、それも1つや2つではなく、防衛上の理由から城は石垣や堀、塀でたくさの曲輪に区切られて、その曲輪をつなぐ道に門が設置されています。本日はそんな門をイントロとしてアップします。
城門の究極の形の1つが高麗門と櫓門を組み合わせた枡形門といわれています、その典型的なのが大阪城の大手門であり、江戸城の桜田門だそうです。城門の種類としては先ほどの書きました高麗門、櫓門のほかに薬医門、長屋門、棟門、冠木門等があり,特に櫓門は階上が櫓、階下が門とした2階建ての門で大手門(表門)として用いられていた。お寺巡りをしてよく目にしたのが薬医門と冠木門で、薬医門とは室町時代から武家屋敷の表門に使用されていたようです。しかし城内からの視野や攻撃がさえぎられることから屋根をとった冠木門にしたようです。


大坂城の青屋門…櫓門
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京都二条城の櫓門
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岡山城の廊下門
これも櫓門の一種
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高知城の詰門
これも廊下門で櫓門
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小諸城の三の門
これも櫓門
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金沢城の大手門・・・枡形門
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和歌山城の追廻門・・・高麗門
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宇和島城の立ち上がり門…薬医門
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篠山城の大手門・・・冠木門
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姫路城の菱の門
豪華絢爛
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