ブダベストの夕日
さてタイトルですが、中欧旅行の際に見たブダベストの王宮の丘からの景色が忘れられずにつけました。 趣味の写真とコメントをアップしていく予定です.
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 定年退職後写真を趣味として初め、その写真をブログにアップすることを仕事としてきました。
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新西国霊場巡礼第29番 泉生山 酒見寺
新西国霊場巡礼第29番 泉生山 酒見寺
兵庫県加西市北条町北条1319
北条鉄道終点北条駅から徒歩10分

本尊 十一面観世音菩薩 開基 行基菩薩

御詠歌
世の旅を 酒見の寺に かヘリみて 頼むは 遠き 行くてなりけり

酒見明神のご神託で開創
 ここ酒見寺はJR加古川線粟生駅から一度は乗ってみたいローカル線北条鉄道で終点北条駅へ、そこからとh10分ところにある田舎の寺ですが古刹です。開基は行基菩薩で酒見神社(現在は住吉神社と名前が変更されている)を訪ねた時“ここに寺を建てよ”お告げで、聖武天皇の許しを得て、天皇勅願寺として創建されたのが酒見寺です。聖武天皇勅願寺であることから創建以来歴代朝廷より帰依をうけ、毎年勅使の参詣が行われたそうです。
さて伽藍は天正年間の兵火で焼失しているが、江戸時代のはじめに再建され、現在の姿になっている、伽藍もたくさん有り、どれも立派で言葉でより写真で見てもらう方がよくわかると思います。駅から歩いていくと昔の参道と思われる道筋の見事な旅籠屋、古い家並みが続きます。その先に田舎の寺とは思えない大きく立派な仁王門が見えてきます、その仁王門をくぐると二重屋根の格式ある本堂があります、その本堂までにはこれまた立派な燈籠が21対並んでいます。この灯籠は弘法大師御入定1500年を記念して造られたそうで古くはないです。さらに境内続きで住吉神社の境内があります。住吉神社の参詣も忘れなく、それよりは住吉神社の裏にある小学校を挟んである羅漢寺を見ることは忘れないように、羅漢寺については西国霊場巡礼の最後の付録としてアップしたい。

1825年再建の仁王門
見事な作りです、他の伽藍も修復で色鮮やかになっている、いづれこのこの仁王門も
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金堂まで続く21対の灯籠
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二重屋根の格式ある本堂
奥の灯籠には三つ葉葵の紋が
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引聲堂
慈覚大師ゆかりのお堂、弘法大師ゆかりの寺に慈覚大師とは宗教は仲良く
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朱塗りの多宝塔
1662年再建
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見事な作りの鐘楼
1664年再建、多宝塔と相前後して、色は最近修復
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地蔵堂
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本堂裏にある御影堂
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本坊の中にある護摩堂
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境内から眺める住吉大社
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参道にある昔の旅籠
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参道の仁王門近くの風景
奥に仁王門が
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新西国霊場巡礼客番 極楽山 浄土寺
新西国霊場巡礼客番 極楽山 浄土寺
兵庫県小野市浄谷町
神戸電鉄小野駅からタクシー10分
本尊 薬師如来、阿弥陀三尊 開基 行基菩薩 重源上人

御詠歌
もうずれば この世ながら 浄土寺 るり安養の 極楽のさと

東大寺南大門と並ぶ天竺様建造物

 ここ浄土寺は神戸電鉄小野駅からバス10分ですが、本数がほとんどないに等しいのでタクシーがベストです。奈良時代に行基菩薩によって建立された広渡寺(少し離れた場所)が基のようで、今の浄土寺は後白河天皇の要請で、東大寺住職の重源上人の手で再興されています。再興建立された浄土堂は東大寺南大門と並ぶ天竺様式の建造物で姿、
かたちとも美しい国宝のお堂です。同時に建立された薬師堂は一度消失したため、和様、唐様の手法が混じっているのが残念ですが、広い境内に浄土堂と向かい合って立つ姿は見事です。
境内は平地より少し高台になっていて、南北の高台の下には院があります、高台の境内には県の文化財のなっているお堂だたくさんあります、特に見事なのが、東大寺の鎮守社として手向八幡神社があるように、ここでも鎮守社として立派な八幡神社があります。さらに小高い裏山(ヤマと呼ぶには低い)にはミニ四国八十八箇所の祠があります。
最後になりましたが、交通の便が悪く最近は廃れ気味の寺とのことですが、客番であり仕方がないのでは、それにしても桜の咲く頃は見事ではと思います。
浄土寺の大きな標識
浄土堂の屋根が遠望できるこの場所、春桜咲く頃は格別と思う
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1192年建立の国宝浄土堂
この位置からがベスト
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正面からの浄土堂
桜の紅葉には少し早すぎた、でも桜のあることを
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桜を入れて薬師堂
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上から見た薬師堂
この角度から見ると浄土堂と同じ
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八幡神社
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八幡神社の本殿
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1632年建立の鐘楼
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見事な扁額のある開山堂
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不動堂
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ミニ四国八十八箇所の一番札所 霊願寺の祠
バックに田園風景は何とも言えない
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新西国霊場巡礼第28番 五峰山 光明寺
新西国霊場巡礼第28番 五峰山 光明寺
兵庫県加東市光明寺町433
JR加古川線滝野駅から徒歩30分
本尊千手千眼観世音菩薩 開基 法道仙人

御詠歌
あや雲の 空になびきて 光明寺 仰ぐ5つの 峰は晴れ渡り

 
五峰山の主峰の上に

 ここ光明寺はJR加古川線滝野駅から徒歩40分(タクシーは呼ばないとこない)とパンフレットには書いていたが、登りがきつく駐車場のある七合目まで1時間を要した。そこからさらにきつい登りが300m続くと境内です。
寺は名前の通り、5つの峰からなる5峰山の一番高い峰の頂上近くにあります、パンフレットによれば駅から見えるのは七合目にある駐車場とのことです。
ここの開基は26番の伽耶院で書いた如く、インドの高僧法道仙人です、法道仙人開基の寺は新西国は天上寺、伽耶院、光明寺、さらに西国では清水寺、法華寺、花山院と多くかかわっています。さて寺は仁明天皇の勅願となって栄え、最盛期には多数の坊舎があったようですが、いまでは駐車場から仁王門までの間に4つの院があるのみですが、播州高野と呼ばれる大衆信仰の霊場として開かれた面影を残す寺で、新西国の参加は当然かな。
境内からの眺めは抜群で、丹後路を見下ろす高台にあったため合戦の舞台にもなっています、特に1351年足利直義と足利尊氏の戦いで直義が光明寺に陣を引いています。その陣跡は本堂裏に石標としてあります。


駐車場のすぐ上にある山門
これも山門
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仁王門
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再建された本堂
大正14年に鎌倉時代の建築様式で再建
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唐風向拝のある文殊堂
仁王門を入ってすぐ右側、1682年に再建、奥は鎮守社
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常行阿弥陀堂
平安時代に慈覚大師の創建、1779年に再建
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梵鐘堂
鐘は東大寺の六角灯籠の妙音菩薩を写した美術梵鐘
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宝篋印塔
1699年建立
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立派な院
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光明寺合戦の陣跡
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境内からの眺望
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新西国霊場巡礼第27番 刀田山 鶴林寺
新西国霊場巡礼第27番 刀田山 鶴林寺
兵庫県加古川市加古川町北在家424
山陽電鉄尾上の松駅から徒歩20分
本尊 薬師如来、愛太子観世音菩薩 開基 聖徳太子

御詠歌
いにしへの 鶴の林に ちるはなの 匂をよする 高砂の風


聖徳太子創建

 ここ鶴林寺は当ブログには三度目の登場です、一度目が五木寛之の“百寺巡礼”、二度目が“聖徳太子ゆかりの寺”と今回です。兵庫県加古川市の市街地の外れにある古刹で、お寺としては珍しく平地にあります。
六世紀の半ば仏教論争で争っていた物部守屋の難を逃れるために隠遁した高句麗の高層恵便法師の徳を慕って、当地を訪れて、仏教の教えをうけたとされる聖徳太子創建お寺です。播州には鶴林寺と太子町にある斑鳩寺は太子信仰の中心で“刀田の太子さん”とか“播磨の法隆寺”と呼ばれている。
加古川駅からバスも出ているので、この日はバスに乗りました。バス停を降りると古色蒼然とした見事な仁王門が待ち構えている。今回の新西国霊場巡礼では兵庫県の寺が圧倒的に多く、またどの寺も田舎(田舎呼ばわりするのは失礼かもしれないが)にあるにしては立派な寺ばかりです。ここ鶴林寺には国宝の本堂、太子堂をはじめ16棟のお堂があります、特に本堂は中国風の建築を思わせる建屋で、三々五々人が手を合わせていました。またここ鶴林寺は関西花の寺25の1つで、本堂前には“桜と橘”ならぬ“沙羅双樹と菩提樹”でした。

由緒ありそうな石標
聖徳皇太子御霊蹟の文字が
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古さを感じるが国宝でない仁王門
室町時代の建立
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国宝の本堂
1397年建立、和様、大仏様、禅宗様 折衷様式の代表作
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本堂内部
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本堂を中心に太子堂と常行堂
本堂前には“桜と橘”ならぬ“沙羅双樹と菩提樹”、沙羅双樹は入滅寸前
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国宝の太子堂
1112年建立、なんとなく角度がいい
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同じように常行堂
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観音堂と護摩堂
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袴腰造りの鐘楼
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三重塔
室町時代の建立
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行者堂
1406年建立
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聖徳太子が通ったとされる門跡
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新西国霊場巡礼第26番 大谷山大谿寺 伽耶院
新西国霊場巡礼第26番 大谷山大谿寺 伽耶院
兵庫県三木市志染町大谷
神戸電鉄緑ヶ丘駅下車バスで15分
本尊毘沙門天像 開基 法道仙人

御詠歌
播磨路や 伽耶のみ寺の 花の庭 てらすは法の 光なりけり

山奥の古寺

 ここ伽耶院は神戸電鉄緑ヶ丘駅からバスで15分のところにありますが、山奥の寺でバスは1時間の一本しかありません。このような場合は行きはタクシーで、帰りはバスを使うのを常としている。しかし帰りのバスを気にするあまり参拝が雑になったり、写真を忘れたりします。
さて寺ですが、第22番の天上寺と同じく開基は法道仙人です、法道仙人が布教のため訪れた当地で、谷の奥の湧き出る泉の中で毘沙門天像を感得(思いがけなく手にいれる)し、孝徳天皇に奉上したところ、孝徳天皇の勅願で毘沙門天を本尊に寺を建立し開基となる。法道仙人はこの後28番の光明寺の開基にもなっている。
さて寺はその後花山上皇の行幸などで栄え、数十の堂宇や百三十余の坊舎があったようですが、豊臣秀吉の中国攻めのため一山灰じんに化し、その後再建されるも1609年に失火で焼失し、現在の建屋はそれ以後に再建されたものです。
寺はバス停からわき道を進むと、道を遮るよう仁王門があります、さらに進むと石垣の上に中門がありますが、これは庫裏への門で、さらに道なりに進むと二天堂が見えてきます、この奥に本堂があります。こちらが中門では。
境内には本堂をはじめとする古い建屋がたくさん存在します、昔は山伏の修験道場であった寺だったようです。ところで新西国に見合う見せ場がありません、なぜ人気投票で入ったのでしょう。

道を遮るようにある仁王門
道が仁王門を迂回、仁王門には行基菩薩作とされる像が、しかし兵火で半分焼けている
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石垣の上に立つ中門
門前には二基の石表が、大谷山伽耶院大谷光寺と新西国26番の文字が
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二天堂
本来はこちらが中門では、門前には石碑が“大谷山大谿寺伽耶院”の文字が
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古刹らしい本堂(1610年建立)
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三坂社(三坂明神社)
伽耶院の鎮守社
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臼神社
土台の石は臼、この臼昔は田圃の畔に
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多宝塔(1647年建立)
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黄金水
ヒカリモが生息し、冬場虹色に輝くことから付いた名前
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開山堂
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行者堂
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